ペイパル買収提案60.50ドル、マイケル・バリーが「安すぎる」と言う理由
ペイパル買収提案60.50ドル、マイケル・バリーが「安すぎる」と言う理由
TL;DR ストライプとアドベント・インターナショナルが、ペイパルを1株60.50ドル、企業価値530億ドル超で買収する提案を出しました。約500億ドルの銀行コミットメント融資まで付いた本気の提案です。それでも株価は54ドル前後にとどまっています。マイケル・バリーは「入札価格は引き上げられるべきだ」と明言しており、私もその見方に近い立場です。
競合が会社ごと買うと言い出した
昨夜のニュースは一文で要約できます。ペイパルの最強の競合の一社であるストライプが、プライベートエクイティのアドベント・インターナショナルと組み、ペイパル全体を1株60.50ドルで買収すると提案しました。
企業価値に換算すると530億ドルを超えます。両社が50%ずつ保有する構造で、約500億ドルの銀行コミットメント融資が付いています。
私が最初に確認したのはこの最後の点です。コミットメント融資が付いているということは、「関心がある」という程度の打診ではありません。銀行がすでに融資条件に署名しており、買い手側がデューデリジェンスと法務に相応の費用を投じている証拠です。観測気球ではなく、実弾が装填された提案です。
発表を受けて株価は1日で14%急騰しました。
ただし14%の急騰は回復ではありません
一歩引いて数字を見ると景色が変わります。
14%上昇した後でも、ペイパルの株価は1年前より25%低い水準です。2021年のパンデミック期に記録した史上最高値310ドルと比べれば、まったく別の世界の話です。当時は金利がゼロ近辺で、フィンテックと名の付くものは何でも買われていました。
つまり今回の提案は、高値から8割以上下げた資産に付いたプレミアムです。「プレミアム」という言葉をどこを基準に使うかで、体感がまるで変わる構造になっています。
なぜここまで売られたのか
一言で言えば競争です。しかも一方向ではなく、四方から来ました。
アップルペイはすべてのiPhoneに標準搭載されています。スクエアとキャッシュアップを展開するブロックがシェアを奪いました。アファームとクラーナは後払い決済(BNPL)市場を拡大し、若年層をまるごと取り込みました。ショッピファイは自前の決済基盤を構築しました。
そして皮肉なことに、今回買収を提案したストライプこそ、この数年ペイパルの事業を最も着実に侵食してきた競合の一社です。
決済市場は、ペイパルが明白な王者だった時代から、ペイパルが多数の一社にすぎない時代へ移りました。市場はその変化を株価で容赦なく反映しました。
マイケル・バリーが売却を拒む理由
ここからが本題です。
『マネー・ショート』で知られるマイケル・バリーはペイパルの株主です。平均取得単価は1株49ドル前後とされています。60.50ドルで売れば約22%の利益です。それでも彼は売らないと公言しました。
彼の言葉はこうです。入札価格は引き上げられざるを得ないと考える。この会社は内在価値をかなり下回っており、成功する買収提案であれば、支配権プレミアムを織り込んで内在価値を十分に上回るべきだ。
かみ砕くとこうなります。第一に、60.50ドルは適正価値にすら届いていない。第二に、会社を丸ごと買って100%の支配権を握り、誰にも説明責任を負わない立場を得たいなら、その支配権の対価を上乗せして払うべきだ。バリーが見るペイパルの内在価値は1株75〜115ドル、現実的に勝てる入札価格は100ドル近辺という計算です。
私はこの枠組みが正確だと考えています。買収価格を評価するときの基準は昨日の終値ではありません。基準はその事業が今後生み出す現金の現在価値です。昨日の終値を基準にした瞬間、市場が3年かけて押し下げた価格を正しい出発点として認めてしまうことになります。
株価が54ドルにとどまっていること自体がシグナルです
このニュースで最も過小評価されているのがここです。
提案価格は60.50ドル、株価は54ドル前後。発表後も10%を超えるスプレッドが残っています。
裁定資金がこれだけの差をそのまま放置することは通常ありません。残っているとすれば理由は一つ、市場がこのディールの成立確率を100%と見ていないからです。競合が競合を買う構造のため独占禁止法審査が厳しくなりやすく、取締役会が価格を拒否する可能性もあり、融資条件が変わる余地もあります。
したがって現在の株価は「60.50ドルの会社」ではありません。60.50ドルを受け取れる確率と、破談で元の水準に戻る確率が混ざった値です。
私がこのニュースで最も重く見た点
価格ではありません。
この数年、実際にペイパルのシェアを奪ってきた競合が、自己資金と銀行の500億ドルを揃えて「会社ごと買う」と名乗り出た事実そのものです。
市場の物語は「ペイパルは構造的に負けている会社」でした。ところが、その物語で勝者とされた側が、敗者とされた側を買うために530億ドルを持ってきました。これは事業の質に対する実弾での検証です。アナリストのコメント100本より重い情報です。
株主が今見るべきこと
私のチェックリストは4つです。
- 対抗入札が出るか。 ディールが公になれば、他のプライベートエクイティや事業会社が参入する名分ができます。バリーが期待しているのもこのシナリオです。
- 取締役会の正式な対応。 特別委員会の設置、正式拒否、交渉開始のどれを選ぶかで価格の方向が決まります。
- 規制リスク。 競合同士の結合のため独禁審査が長期化しやすく、審査が長引くほどスプレッドは開きます。
- 破談時の計画。 これが最も重要です。買収が流れれば株価は元の水準に戻る可能性が高い。そのとき保有を続ける理由を、買収提案と無関係に説明できる必要があります。
買収提案は投資論拠にはなりません。論拠を確認する出来事にすぎません。この区別が崩れると、ディールが壊れた瞬間に保有理由も一緒に消えます。
事業構造をより深く分解した内容はペイパル割安論の3つの柱に、バリーの投資手法そのものについてはマイケル・バリーのホエールフォール論にまとめています。
FAQ
Q: 60.50ドルの提案を信じて売却すべきでしょうか。 A: 売却判断は買収提案ではなく、自分の内在価値の推定に基づくべきです。自分の計算で適正価値が60ドル未満なら、今は良い出口です。100ドル以上なら、22%の利益のために残りを手放す選択になります。なお株価は提案価格より約10%低いので、今売るのは60.50ドルではなく54ドルで売ることです。
Q: ディールが破談になると株価はどこまで下がりますか。 A: 発表前の47〜48ドル近辺に戻るのが基本シナリオです。ただしその水準でのバリュエーションはフリーキャッシュフロー倍率8倍未満でした。破談シナリオがそのまま最悪シナリオになるわけではありません。
Q: なぜ支配権プレミアムを別に計算する必要があるのですか。 A: 1%を買うことと100%を買うことは別の商品だからです。100%を持てば資本配分、経営陣の交代、売却のタイミングをすべて自分で決められます。その権限には値段が付きます。だからこそ、内在価値100ドルの会社を100ドルで丸ごと買う取引は、買い手にとってのみ有利な取引です。
Q: ストライプはなぜ自分が優勢な市場の競合を買おうとするのですか。 A: シェアを奪うことと、ネットワークを丸ごと保有することでは速度が違います。ペイパルの加盟店と消費者の両面ネットワーク、さらにベンモまで一度に手に入れれば、数年分の競争を一つの取引に圧縮できます。その判断自体が、ペイパルのネットワークの価値を逆に証明しています。
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